おそらく産業として最終消費者に一番近い「川下産業」が小売業だろう。そして財界のランクからすれば長年「川上から川下」へという暗黙の序列があった。重厚長大産業が戦後から日本経済の屋台骨を支え、経済発展のエンジン役を自他共に任じていたからだろう。しかし経済発展の果実は最終的には国民に行き渡るもの。そのロジスティックを担ったのが流通業であり、そしてとくに「流通革命」を先導してきた商店は革新的な小売企業として成長を遂げるか、他方で従来からの「なりわい」の中で個店として商店街を形成するものとに分化した。
高度成長と大衆消費文化の実現とともに、この流通革命は川上にも、そして同じく川下の同業者に変革を迫った。その結果としてある時期まで「保護色の強い流通政策」が長年超党派で要求され、維持されてきた。すくなくとも平成元年に開始された日米構造協議による「黒船的外圧」が押し寄せて来るまでは。その間に企業力旺盛な大型小売業は、新しい業態を欧米から輸入し、激しい競争の過程で日本型に作り変えてきた。郊外型のショッピングセンター(SC)やコンビニはその代表格だろう。しかし業態開発を含む技術革新とデフレ基調の日本経済と少子高齢化による消費不振の中で展開される出店競争は、大型小売業にも体力消耗戦を強いた。さらに、海外の有力小売業も日本進出を果たしながら、短期間のうちに撤退の憂き目に会ったところも一部にはある。それだけ、消費をめぐる競争環境は熾烈を極めていることを意味する。
さて、今回のセブン&アイとミレニアムの5年後の経営統合に見るメタファー(隠喩)は、一体何か。無条件で市場から評価されはしなかった。すでに厳しい評価が下されてもいる。それでも小売を取り巻く状況の厳しさに対するあがきであり、どの業界でも繰り広げられているM&Aと同じように、「生き続けるための模索」であると見ることはできないか。そして、もはや待ったなしの本格的流通再編の「引き金」としての意味もあるのではないか。
シナジ-効果あるいは2+2=5の効果
「なぜ、企業は規模を大きくしようとして、M&Aや企業統合に駆け出すのか」。産業組織論のテキストでは一般に「シナジー効果」の実現という点を中心に据える。M&Aについてテキストは以下のように説明する。すなわち、(1)市場交渉力あるいは支配力の向上がはかれる。(2)競争圧力を削減する事で広告宣伝やその他の販売促進費用などを節約できる。(3)規模の経済を享受でき、研究開発に伴うリスクを吸収でき、その信用力で多額の資金を調達でき、取引上のさまざまな費用を節約できる。これを英国式には「2+2=5」の効果と呼ぶ。
しかし、このナイーブな説明は現実から反証をつきつけられている。古典的にはダイムラーとクライスラーのケースをみても、日本の新日鉄のケースをみても、これらの「水平」合併は「とらぬ狸の皮算用」といってよい。先進国の注意深いデータ分析からすれば、同一業種の企業を対象にした水平合併では市場集中率が中から低程度の場合に「プラス」効果が観測される。また、異業種の企業を対象にした垂直的合併や混合型合併の場合には、市場集中率が高いケースで「プラス」効果が観測される。そして、集中率が中・低程度では統計的に有意に「マイナス」効果が観測される。この「プラスの意味」を詳細に検討すると、価格の上昇かコストの低下かあるいは双方が起っていなければならない。さらに注意深く見ると、市場集中率の高い産業で水平合併が起った場合、コストは逆に上昇する。これは、ある面では同一産業にあっても異質な組織の統合の速度と組織の効率的運営の適応速度とのギャップが一朝一夕では埋まらない事が原因だ。個々の企業が持つ固有の組織DNAがうまく混ざり合わないからだろう。
ところで、同業種間の水平合併ではその誘因が予想できるが、その効果がはっきり見えない「その他の合併」も多くなるのはなぜだろうか。しかも垂直的合併や混合型合併が圧倒的な割合を占めている。経済学のテキストにあるような株主の期待する収益率最大化ではなく、企業規模の拡大にともなって付与される経営者の威信や従業員の帰属感や世間の信用増大と言うものだろうか。あるいは、既存の市場の将来性に対する飽和感から新規の産業への足がかりを見つけたいと思っても、ゼロからの参入にはリスクを伴う。それよりも、自らの地盤にもとづいて更なる「シナジー効果」を求めて、既存企業の設備や従業員、のれんなどを市場価格で合併や買収したほうが安上がりという「ある種のシナリオ」が描かれやすい。だから効率を旨とする民間企業でも「組織規模の増大」に対する反対意見は少数派となる場合が多い。そして今最も有力な意見は、「企業寿命を延ばすために」ということだ。では、なぜ「企業寿命」をことさら考えなければならないのか。それは、衣服・買い回り、飲食料品など今まで餌食にしてきた隣接業種が次第に減少することから、生命力あるこの業種で生き残りをかけた相互の熾烈な競争が展開されているからだ。これは小売業種別事業所数の構成比の推移で見ると一目瞭然だ。平成14年と16年の数値で比較して構成比が上昇しているのは、百貨店や総合スーパーなど大規模店舗がその分類に入る「各種商品小売業」のみで、あとの他業種は軒並み構成比がダウンし、強者同士の食い合いがはじまっている。
規制緩和は悪魔のささやきか
この熾烈な競争を激化させているもう一つの要因は「外圧」である。昭和末期の黒船が運んできた「日米構造協議」という外圧は、中小店舗の保護というお題目ではあったが、既存大規模店舗をライバルから保護するだけの「大規模小売店舗法」を有名無実のものとした。この法律の果実を独占したのは、中小店舗ではなく、既存大規模店舗だった。だから外圧は消費者と一緒になって、出店意欲旺盛な小売企業に味方した。外圧が功を奏した平成2年度以降、既存大規模店舗の有形固定資産回転率(売上高÷有形固定資産額)は下落の一途となる。その下落幅も昭和60年近辺の120前後から平成12年では65くらいに半減してしまった。これは、バブル経済の崩壊後の景気低迷、少子高齢化の進展、大規模店舗の無秩序の出店競争のトリプルパンチの結果と見てよい。出店規制の大幅緩和は大手小売業ばかりでなく地域量販店や、家電などの専門量販店の文字通り「さみだれ式出店競争」を演出した。現に平成2年以前の既存店舗数は8455店であるのに対して、それ以降の新規出店は平成15年現在で9204店であるから、すでに出店規制緩和後の店舗が過半数を占めている。
ところで、平成12年から新たに「大規模店舗立地法」という規制法が施行されたため出店速度は近年若干下降したが、出店ノウハウの蓄積によりまた新規出店は進んでゆくと思われる。その理由は、男女雇用形態にからんで共稼ぎが増加傾向にあるし、道路インフラの整備がモータリゼーションをさらに加速させていることから、週末ショッピングを一種のレジャーとする消費者のニーズをキャッチし、シネマコンプレックスや児童施設の充実をはかり、道路網の結節点をねらった郊外型の超大型SCが陸続と建設されている。すでに平成11年で小売業全体の売り場面積に占める500平米以上の大規模店舗の構成比は、中小店舗の廃業などをうけて46.2%にも上っている。またその出店先も平成2年位まではターミナル、駅前、商店街、郊外住宅地、郊外幹線道路沿い、その他田畑等で、それぞれ20%ずつの構成比であったものが、ターミナルと駅前で5.4%、商店街で1.4%、郊外住宅地で14.2%、郊外幹線道路沿いで26.2%、その他田畑等で35.1%となっている。郊外型SC全盛の観を呈している。近年ますます超大型SCの開発行為が頻繁になることが予想される。と同時に、後継者難や新規事業の停滞から中心市街地活性化の実が上がっていないので、全国の大半の市街地商店街では衰退に一層の拍車がかかっている。規制緩和に対する怨嗟の声は意外と大きいのだ。
街づくり三法の改正の動き
このような状況にあるため、超党派の議員や日本商工会議所を代表とする中小小売業関連団体は、都市計画法(平成12年改正)、中心市街地活性化法(平成10年施行)、大規模店舗立地法のいわゆる「街づくり三法」の改正、あるいは大規模店舗規制強化を声高に叫んできた。つまり「外圧以前に戻せ」というのだ。しかし、「小さな政府」を標榜する小泉内閣からすれば、規制緩和こそ最大のビジネスチャンスのはず、なぜ今規制強化なのかということになる。道路公団や郵政民営化こそ「小泉政治」のシンボルなのだから。現に財政諮問会議の民間議員も経団連もこの動きに対して反対の声明を出している。
しかし大規模店舗側の本音は「昔の夢よ、もう一度」ではないのか。つまり大規模店舗法のときのように、むしろ規制強化によって既存店舗の売上高を確保したい、オーバーストア気味の郊外型大規模店舗の出店競争をもっとマイルドなものにしたいという気持ちが強いのだ。とくにマスとしての購買力が大都市に比較して低い地方の中心市街地にある大規模店舗にしてみれば、規制強化は願ったり叶ったりではないか。しかしこれでは、空き店舗の目立つ商店街の手柄となって、大規模店舗側を追い詰める逆効果にもなる。もはや小銭を持ち、生業としての店舗を閉めようが空けておこうがどっちでもいいという個店や地権者が増えつつある。商店街の行く末にも、街の賑わい創出の努力にも「無関心」を装う個店や地権者の群れに、行政も消費者ももはやさじを投げかけている状況が一方にはある。このような状況が打開できなくては、「街づくり三法改正」は何の効力も発揮し得ない。改正の動きに関係なく、現在でも中心市街地活性化法が後ろ盾となって全国各地の中心市街地に国民の血税がほとんど「目立った効果もなく」空費されている現状がある。改正後はそれに「経済的弱者にして政治的強者」への保護が始まるにちがいない。これは流通業の合理化と革新を掲げて日本の消費社会をリードしてきた小売企業にとって看過できない問題だ。この一連の流れに対する危機感も今回の企業統合の底流を形成すると考えてよい。
郊外から市街地への立地転換
時代の先を見ながら着々と手を打つことによって生き延びてきた小売企業であるから、この一連の政治的な動きに対して何らかの手を打つのは至極当たり前。それはM&Aなどの手段で企業統合を進めてきたこの業界の歩みを見れば一目瞭然である。昭和60年代後半からのバブル経済華やかなりし頃、ダイエー、ジャスコ(現イオン)、セゾンの3強は国内外の同業種、異業種を問わず、だぶついた余剰資金でまるで「だぼはぜ」のように企業との統合、連携に邁進した。これは、なかなか緩和されない大規模店舗法の桎梏にいらつき、別に活路を見出そうとしたことと、新しい業態開発に必要な商品の開発・調達・融通、そしてそれらの物流の合理化をはかったことなどそれなりにもっともな理由がある。しかし、この動きもバブル崩壊の中で負債を増やし、その後の企業淘汰や企業再生の荒波の中で翻弄され潰えていった。これは銀行の不良資産の代表格とされたダイエーの栄光から奈落の底への急降下に代表される。あるものは吸収され、あるものは分離され、あるものは市場から消えて行った。しかし、その影で新しいビジネスモデルで市場の脚光を浴びる企業も出現してきた。セブンイレブンやローソンなどのコンビニはいうに及ばず、ユニクロ、シマムラ、マツモトキヨシ、ブックオフがその好例だろう。
セブン&アイ・ホールディングのミレニアムの企業統合、ユニクロのダイエー支援など今回の世間の耳目を引くこれらのケースは、「日本経済の失われた10余年」で着実に力をつけてきた「挑戦者」たちの凱歌ではないだろうか。しかし、日本の消費者は手ごわい。カルフールにしろ、トイザラスにしろ、あのウォルマートにしろ、日本の消費者を完全に囲い込むことなどできなかった。おそらくこれからそれが可能とも思えない。だからあるものは市場から撤退し、あるものは精力を吸い取られてしまった。日本を代表する銀座の目抜き通りに一度は「挑戦者」は進出を果たす。しかし、その挑戦者の精力はいつの間にか何者かに吸い取られてしまい、しぼむことが多い。それと同じことが日本全体の商業空間にも漂っているのかもしれない。しかも、これは外資だけの例外ケースではない。時代の挑戦者たちにいつでも立ち現れる壁なのかもしれない。この壁は歴史のテストを通して身につく「分限」あるいは「ノレン」という無形の資産の有無に対する世間一般の評価と言い換えてもよいだろう。
さて、今回の企業統合のメタファーは生き残り、寿命を永らえるために、あるいはもっといえば今の業態群だけではブレークスルーできないので、それが可能となるような無形の資産を獲得し、立地戦略を比較的若い世帯が住む郊外から、ふたたび黙っていても人が集まる「有望な」中心市街地に転換する段階に来ていることを暗示している。今回はその格好の相手が、百貨店というブランドの目利きと育成に優れ、しかも都心の一等地に本拠を構える業態だった。
流通再編が本格的スタート
小売業は孤立して自己を主張できる業種ではない。常に川下にあり、川上のメーカー、川中の卸、物流業に依存しながら成り立つもの。その依存体質の弱みと、消費者の情報を戦略手段とできる強みの二面性ゆえに常にゆらいでいる「境界」的な存在だ。しかしIT社会の到来は小売業に情報を武器にすることを教えた。ただし消費が大半を占めるマクロ経済の揺らぎがもたらす大小のうねりに翻弄され続けるから、常に選択淘汰のリスクを抱えるし、薄利の商売という面も存在する。だからこそ、時代のうねりに敏感にならざるを得ない業種だ。だからこそ、人材とノウハウと情報を武器にして「モノと信用」をセットで消費者に提供する体制作りが一層重要となる。その体制作りを「一から開始する」時間的余裕などはどこにもない。とすれば、自らの事業ポートフォリオに不足している項目の充足に向けて、資金を自前で用意するかあるいは借り入れてM&Aなどで企業統合、企業提携することを戦略的に進めてゆかなければならない。
消費者はますます移り気になり、少子高齢化で消費市場は量的には拡大が見込めない時代なので、昨日の覇者が今日の敗者になることは日常茶飯事だ。それぞれの企業の持つポートフォリオの区分も内容も不断に見直す必要がある。また、質量とも拡充の可能性あるアジア全体を視野においた市場戦略も不可欠だろう。ASEANや中国の魅力的ではあってもどこに落とし穴が潜んでいるかもしれない市場にどのように進出してゆくのか。今までの失敗と成功の歴史をどのようにテキストに組み込んで人、物、金を投入してゆくのか。そのノウハウやヒト、物、金、情報のネットワークは一朝一夕では構築できはしない。ここに流通再編加速化の火種が潜んでいるといえよう。既存の業種の「新しい組み合わせ」もシュンペーターが強調したように十分に「革新(イノベーション)」的なのだ。だから、セブン&アイ・ホールディングのミレニアムの企業統合計画は「勝ち組」になるべく、コンビニ、総合スーパー、SC開発、金融と百貨店などを有機的に組み合わせる、ある種の革新を具体化してくれるかもしれない。そして「流通再編の大変革期」の幕が切って落とされたことを世間にはっきり宣言するイベントの意味も内包しているようにも思われる。
(2006/2 原稿作成)
細野助博プロフィール:
昭和48年慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了
昭和48-53年 日本ユニバック(現日本ユニシス)
研究員 昭和56年筑波大学院社会工学研究科博士課程修了
平成5年-現在 中央大学総合政策学部教授
平成9−平成10年 メリーランド大学大学院客員教授
平成17年 ―現在 中央大学大学院公共政策研究科教授。
学会: 日本公共政策学会会長、多摩ニュータウン学会会長、日本計画行政学
会常務理事、日本公共選択学会理事 など
審議会など公的役職: 財務省財政制度等審議会委員、(社)学術・文化・産業
ネットワーク多摩専務理事、八王子市教育委員など。
受賞:『計画行政』第24巻第2号(通巻67号)掲載の論文「中央省庁再編の政
策分析 −合併の政治算術−」に対し、「日本計画行政学会学術賞 論説賞」を受賞
主要著書:『現代社会の政策分析』1995年、 『どうなる・どうするポスト大
店法』1991年 『社会統計学』1987年、『実践コミュニティビジネス』(中大出版
2004)、『スマートコミュニティ』(中大出版部 2004):『政策統計』(中大出版
近刊)