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●衛星リモートセンシング
われわれは知らないあいだに撮影されている。
カメラはわれわれの遥か上空に設置され、地球上どの場所へ行こうと、たとえ地下であろうと、そこから逃れる事はできない。通常のカメラと違い、多重スペクトル走査計(MSS)とセマティックマッパー(TM)のと呼ばれる特殊な電子カメラ、そしてマイクロ波を用いて撮影されている。
唯一の救いは解像度がいまだ数メートルしかないという点だ。解像度とは二つの地点が離れていると認識できる能力を示す用語だが、例えば、解像度80メートルとは、A地点とB地点が80メートル離れている場合に、このふたつの地点が離れていると認識できるということだ。しかし、いずれにせよ、これもまもなく技術改良の結果、向上することは間違いないだろう。
1972年にNASAにより地球資源探査衛星アーツが打ち上げられた。この衛星はのちにランドサットと改名され、2号、3号、4号、5号と次々に打ち上げられている。現在は5号が主に使用されている。ランドサットは高度700キロの上空で地球のまわりを周り、約99 分かけて地球を1周し、1日に約15周して、16日で地球のほぼ全域を観測する。
ランドサットは多重スペクトル走査計(MSS、解像度80メートル)とセマティックマッパー(TM、解像度30メートル)という観測カメラを搭載しており、宇宙から地球の表面の様子をとらえ、その画像データを地上に送る。そして、そのデータを基に農作物の分布状況、森林や湖水の調査、地形の測量、金属資源の探査、森林破壊、砂漠化、温暖化など多岐に渡って活躍している。そして、現在、考古学の発掘にも関わり始めた。
1991年から吉村教授率いる早稲田大学と坂田俊文教授率いる東海大学との合同調査が行われている。1996年には、カイロのギザから約20キロ南にあるダフシュールと呼ばれる場所で、ツタンカーメン時代にまで遡る貴族の複合墓が発見された。これはトゥーム・チャペルと呼ばれており、地下墳墓の上に礼拝堂をもつ構造になっている。ここからツタンカーメンの名前が記されたワイン壷の封、襟飾り、指輪、彼の妻アンケセナアメンの指輪などが発見された。
だが、実のところ、考古学的にユニークなのは、その“発見”よりも“発見の方法”である。それはランドサットから得たデータやランドサットが搭載している多重スペクトル走査計(MSS)とセマティックマッパー(TM)の解像度をはるかに凌ぐ、ロシアのコスモス衛星に搭載された、高解像カメラKVR−1000(解像度2メートル)、そして合成開口レーダーを用いて宇宙から地上の遺跡を発見するという方法である。この技術は東海大学情報技術センターの坂田俊文教授が考古学に応用したもので「宇宙考古学」と呼ばれている。
この中でもっとも注目すべき衛星リモートセーリングは「合成開口レーダー(Synthetic Aperture Reader )」である。通称SARとよばれるこのレーダーは、マイクロ波を地表面に対して斜めに照射し、その反射波をとらえてものを識別する。
“マイクロ波”を使うところが、通常の光学センサーをもちいた“光”による観測とは大きく違うところだが、これはマイクロ波が雲などによって散乱されないという性質をもっているためで、悪天候、雲、霧に影響されることなく観測ができる。加えて、光による観測と違い昼夜を問わず観測もできる。そして、なにより砂層への透過性がある。つまり地下の観測が可能なのだ。
早稲田大学と東海大学の合同調査に大きく貢献をしたのが、この合成開口レーダー(SAR)である。このレーダーは、1992年に宇宙開発事業団と通商産業省が共同で打ち上げた「ふよう1号」(JERS-1、地球資源衛星1号)に搭載されており、今回の発掘には「ふよう1号」からのデータを基に発掘地点を探査し、その結果、ダフシュールの発見へとつながったのだ。
●発掘
早稲田大学と東海大学の合同調査はツタンカーメンの謎の一端に光を当てるように見えた。発掘場所であるダフシュールという所は、ツタンカーメンが活躍した古代エジプトの首都ルクソールから900キロ以上離れている。なぜダフシュールから王の名を記したワイン壷や指輪が発見されたのか? なぜ王妃アンケセナアメンの指輪がここで見つかったのか? 王妃アンケセナアメンの墓は現在見つかっていない。彼女の墓はいったいどこにあるのだろう?
だが、1991年から1998年までのあいだに行われた調査では、ツタンカーメンの謎を解く手がかりは発見されなかった。しかし調査を続けることで、またあらたな発見があるかもしれない。専門家によれば、エジプトにおいて、現在およそ約20の発掘隊が100以上の場所で調査を続けている。しかし、過去2世紀にわたり掘り出された遺物は2割にも満たないという。事実、エジプト考古評議会の長官であるガバラ・アリ・ガバラ氏はこう語っている。
「19世紀頃から外国の考古学者たちはこのエジプトで発掘調査を行ってきました。
彼らはいまやエジプトの考古学にとって欠くことのできない存在です。彼らは
さらにこれから1000年にわたり発掘をし続けることができるでしょう。エジプ
トには隠された遺物がまだ山のようにあるのです。」
どこかにまだ発見されていないツタンカーメンの遺物が眠っている可能性がある。
あまり知られていないことだが、ツタンカーメンの遺物は、王家の谷の王墓からだけ発見されたのではない。異端王の都テル・エル=アマルナではツタンカーメンが王の息子であることを示す碑文が出土している。同じくテル・エル=アマルナで発見され、現在ベルリンで展示されている碑文の断片にはアメン神とムト女神に供物を捧げるツタンカーメンが描かれている。
古代の都テーベからは、有名な「復興ステラ」やツタンカーメン王の顔を持つ神々の像がいくつも見つかっている。ルクソール神殿からはアラバスター製の王と王妃の像、そしてエジプト最大の祭りの一つであるオペトの祭りのシーンがレリーフとして残されている。
どこかに埋もれた遺物が、夭折の王ツタンカーメンについて語り出す可能性がある。
そして、エジプト考古学博物館のなかに展示されている財宝のどこかにツタンカーメン王の治世について語り出す遺物が隠されている可能性もある。
1993年、ツタンカーメンの研究者として著名なニコラス・リーブスと早稲田大学との合同調査がカイロのエジプト考古学博物館で行われた。これはリーブス氏が「ツタンカーメン最後の秘密」と述べている調査で、王墓内から発見された等身大の木製の像の内部にツタンカーメン王のことを記したパピルスの巻物が隠されているのではないかとして始めたものだ。
王墓内から2000点以上にわたり遺物が発見されているにもかかわらず、じつは見つかっていないものがある―パピルスの巻物である。つまり、これだけの財宝が発見されたにもかかわらず、その財宝は王自身についてはなにも語らず、ツタンカーメンがいったい誰の息子で、どのような統治をしたのかがまったく分からないのだ。
以前に大英博物館のラムセス一世の像のなかにパピルスの巻物が隠されていた実例があるため、リーブス氏は「ツタンカーメン最後の秘密」も王墓内から発見された等身大の像に隠されていると仮定したのだ。しかし、結果的には二体発見されている等身大の像の内部にはパピルスの巻物は存在しなかった。だが、この博物館の展示物のどこかに隠されている可能性は残っている。
衛星リモートセンシングを用い、地中の隠されたツタンカーメンの遺物が発見されるかもしれない。X線やX線よりさらに高性能のCATスキャンを用いてツタンカーメンのミイラを調査すれば死因が解明できるだろう。特にカノプスの容器に納められた、ツタンカーメンの臓器を調べることで「ツタンカーメン最後の日」についてわれわれは様々なことを知ることができるだろう。そして「ツタンカーメン最後の秘密」であるパピルスの巻物が、展示されている遺物に隠されている可能性も残されている。
発見されて77年たったいまでもツタンカーメンの謎は尽きることをしらず、現在に至っても多くの考古学者がその謎に挑んでいる。(完)
参考ウェブ:
早稲田大学エジプト調査室のHP:
http://www.waseda.ac.jp/projects/egypt/index-J.html
ランドサットの簡単な資料(宇宙開発事業団 NASDAのHP):
http://www.eoc.nasda.go.jp/guide/satellite/satdata/landsat_j.html
合成開口レーダーを搭載している地球資源衛星1号「ふよう1号」(Japanese Earth
Resources Satellite)の資料(宇宙開発事業団 NASDAのHP):
http://www.eoc.nasda.go.jp/guide/satellite/satdata/jers_j.html
(1999/9/20 原稿作成)
American University in Cairo エジプト学専攻:河江肖剰(かわえゆきのり)
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